渡辺キョウスケが、PFメンバーから出された「縛り」にそって短編小説を執筆。
     もうギッチギチに縛られてます。

2008年09月18日

第2縛 『マスターピース』

その猫は、ニヤニヤしながら私にこう言った。

「だってお前、響子に惚れてんだろ?」

私はその問いには答えず、黙々と目の前のアップライトピアノの調律作業を続ける。

響子とは、このピアノの所有者である女性の名で、この猫の飼い主だ。彼女は、自宅のこの部屋で、近所の子供たちを相手にピアノ教室を開いているのだが、祖母からゆずり受けた物だという年代物のこのピアノは、度々調律がズレる為、ピアノの調律師である私は、その都度彼女に呼ばれ、そして今日もまた、こうして調律作業を行っている。

「なぁ、好きなんだろって。なぁ」

猫はしつこく絡んでくるが、私は相手にしない。コイツには私の相談に乗る気など更々無く、ただ面白がっているだけなのだろうということは、コイツのニヤニヤから十分に読み取れた。猫っていうのは元来、そういう自分本位の身勝手な動物なのだ。私は無視して、チューニングハンマーと呼ばれる専用のレンチで、ピアノ内部の弦が巻き付けてあるピンを回していく。私と猫しかいないこの部屋には、キリキリキリ…と、弦が張りつめられていく音が響く。

「だったら何迷ってんだよ。迷ってないで男らしくさぁ」

無視だ無視。相手にしたら負けだ。

「男らしくヤっちゃえよ」
「ヤっちゃうのかよ!?」

ああ、負けた。思わずツッコんでしまった。

「当たり前だろ。オスとメスがいて他に何するんだよ。悠長なこと言ってると、オレみたいに去勢されちまうぞ」
「誰にだよ…」

ああ、またである。結局私はコイツのペースに乗せられて会話をしてしまっている。

「オレたち人間はそういう訳にはいかないんだよ。お前らケダモノと一緒にするな。少し黙ってろ。調律の邪魔だ」

そう言って私は、猫との会話を何とか断ち切ろうと、ピアノの鍵盤の一つを右手の人差し指で何度か叩き、その音を確認しようとする。ピアノからは、A、つまりラの音がポーン、ポーンと、私たちの会話に割り込むように鳴る。しかし、それにかまわず猫は、

「ちゃんと答えられないってことが、もう全てを語ってるんだよなぁ」

と、何でこんなに人をイラつかせられるんだというような口調で話す。しかしそれは、猫の言っていることが、図星だったからということもあった。

私は彼女に恋をしていた。その理由は、恥ずかしながら、彼女に自分の母親の面影を感じたからであった。私の母も彼女と同じくピアノ教室の講師をしていた。私の幼い頃の記憶の中では、母はいつもピアノを弾いていた。母の奏でるピアノからは、情緒豊かなメロディが流れ出し、私には自分の母が、もしかしたら魔法使いなのではないかなどと思えたりした。私はそんな母を尊敬していた。そして、自分もそんな魔法使いになりたいと思った私は、母にピアノを教えて欲しいと頼んだ。母は自分の息子がピアノに興味を持ったことがとても嬉しかったようだった。母は私に優しくピアノを教えてくれた。しかしながら、私には全くと言っていい程ピアノの才能が無かった。いくら教えてもらっても上達しない自分に自分で腹が立った私は、段々ピアノを弾くのが嫌になっていき、そのうちピアノを弾かなくなった。母はそんな私に何も言わなかったが、やはりどこか残念そうな感じであった。

母が死んだのは、それから少ししてからのことだ。交通事故だった。私には、母を突然失った悲しさももちろんあったが、それ以上に、尊敬していた母を裏切ったままであったことが非常に悔やまれた。そんな気持ちから私は、ピアノの才能が無くても、何かしらピアノに関わっていたいと思い、ピアノ調律師の道を選んだ。そうしてピアノを調律する日々を過ごしていたある日、私は彼女に出会った。初めてこの家を訪れた時、彼女はピアノを弾いていた。その姿は、かつての日の母に瓜二つで、私は一瞬、タイムスリップしたかのような錯覚に陥った。驚きで言葉を失っていた私に彼女は、ネ、ちょっと音がズレてるんです、と言った。私が、エ、ア、エエト、などとドモってキチンと返答できないでいると、その様子を見て彼女は、大丈夫ですか?と笑った。その笑顔は、ピアノを教えてくれる時の母の笑顔と同じ優しさをたたえていた。それから何度か調律に訪れるうちに、私は彼女と日常的な会話を交わすようになっていった。彼女は普段から子供を相手にしている為か、とても明るく気さくな女性で、私は自然に楽しく会話をすることができた。そして私は彼女にどんどん惹かれていき、今では調律に訪れるのが楽しみになっているのだった。

「何でそんなに好きなのに、どうしようともしないのかねぇ」

猫は私の心を見透かしてるかの様にそう言う。

「…どうしていいか分からないんだよ」

私は思わず猫に自分の気持ちを吐露してしまっていた。私は彼女に対して、自分の想いをどう伝えるか、というか、伝えるべきなのか、ということに迷いがあった。というのも、彼女を好きになった理由が、母に似ていたからだということに、私はどこか後ろめたさの様なものがあった。私は彼女自身が好きなのではなく、母の面影を追いかけているだけなのではないか。そう考えると、どうしても彼女に告白することができないでいた。

そんな陰鬱な気分をどこかにやろうとしてか、無意識に私はピアノで曲を弾いていた。その曲は『猫ふんじゃった』だった。

「うわ、出たよ」

猫は苦々しい顔をして言う。

「何ですぐ人は、ピアノの前に立つと『猫ふんじゃった』を弾くのかね。ここに来るガキたちもみんな弾くんだよそれ。何がいいんだよそんな残酷な曲。楽しげなメロディなのがなお腹立つ」

猫にすればもっともな話である。私は少しざまあみろと思いながら、笑って猫に言う。

「単純に弾きやすい曲だからだろ。それにこの曲、黒鍵を多用するから、弾いてて何となく自分が上手いような気分になるし」

だから私はこの曲が好きだった。当時全くピアノが上達しなかった私に、母はこの曲を教えてくれた。覚えて弾けるようになった私は、自分も魔法使いになれたような、そんな気分になって嬉しくなり、この曲ばかりを弾いていた。なので今でも、今日のように調律中に何となく弾いてしまうことがある。

「そんな理由でも、ていうか、そんな理由だからこそ、いつまでも弾かれ続ける曲なんだろうし、もしかして、ピアノ曲の中で一番の傑作って、案外この曲だったりするのかもな」

私は冗談ではなく、本当にそう思っていた。

「…そういうことだと思うんだけどな」

と、突然、猫はそれまでの人を茶化すような感じではなく、落ち着いた口調になる。

「何がだよ…?」

私はその様子をいぶかしがりながら猫に質問する。それに対し猫は同じ調子で続ける。

「いや、だから、響子に対してもさ。別にいいじゃん理由とか。お前が響子のこと好きだっていう『結果』があるだろ?その事を伝えるだけで、十分にその言葉は『傑作』になるんじゃねーかっていう。母親を裏切ったまま失って、そんでピアノの調律師になったりして、何か、『ちゃんとしてない』ってことがトラウマになってるのか知らねーけどさ」



???

ちょっと待て。

何でこの猫は私の母のことを知っているんだ?

私はこの猫に母親のことを話した覚えは…

ん???

ていうか…

何で私は猫と会話しているんだ???



混乱している私の顔を見て、猫はニヤッと笑う。

「よく言うだろ。人に相談している時には、もう既に自分の中で答えが出ているモンだって」

そう言って猫は、それまでいたピアノの上から飛び降りて、その裏に入って姿を消す。



どういうことだ?

私は今まで猫相手に、

「自問自答」していたってことなのか???



私は呆然とその場に立ち尽くす。すると背後から、

「あの」

という声が聞こえ、振り向くと、そこにはティーポットとカップを乗せた盆を持って、彼女が立っていた。

「どうしたんですか?何か一人で喋ってましたけど…」

彼女は不思議そうに尋ねる。私はエ、ア、エエト、と、初めて彼女に出会った時の様にどもっていると、彼女は、

「さっき弾いてた『猫ふんじゃった』」

と言う。私は、え?と尋ねると、

「何か、何でとか、ちょっと上手く言えなくてアレなんですけど…良かったです、とっても」

そう言われ、私は何だかとても照れくさく、思わず下を向くと、彼女の足元には、いつの間にか猫がいた。

猫は例のごとくニヤニヤしていたが、もう私には何も語らず、ただニャアニャアと鳴いていた。










今回は完全に縛りにこういう話を「書かされた」って感じです。分かってます、こういうのが自分のガラじゃないっていうのは。

「ピアノの調律師」っていう設定を出したはいいけど、あまり生かせませんでしたね。ホントは、調律師⇒絶対音感の持ち主⇒猫の言葉も理解できる、っていう設定にしたかったんですけど、その解説で文の量が2倍になりそうだったんでヤめました。自分から要素を増やすモンじゃないなと思いました。


では、次回の縛りはコチラ。

題名が『ピエロ・ナイト』(又吉)

「すべては父の遺言から始まった。」という文で書き始める(神長)

「トリックスター」を文中に入れる(昆)

…何か急に縛りの難易度上がってないですか?きっと本番近いところに縛り考えてくれって言ったんで怒ってるんでしょうね。何だ『ピエロ・ナイト』って。「トリックスター」っていうのは、物語をひっかき回しながらも新しい展開を起こす道化的存在のことだそうです。アレ?じゃあそいつの話を書けば『ピエロ・ナイト』はクリアできるんじゃないか?父の遺言から始まる話といえば、財産相続を巡る血縁者同士の争い、みたいな昼ドラな展開でしょうか。

次は公演終了後くらいに更新できればと思います。それでは次回。


posted by 渡辺 at 17:52| 縛文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月01日

第1縛 『アイロニー』

朝、目を覚ますと隣に何かがいた。
 
「何か」というボンヤリとした表現を用いたのは、それが僕の目には本当にボンヤリと映ったからである。
 
僕は寝ぼけ眼をこすり、再びその「何か」に目をやった。しかしながら、それは相変わらずボンヤリとした「何か」のままだった。

そのボンヤリとした「何か」を、僕もボンヤリと眺めていると、ある奇妙な現象に気が付いた。それは、ボンヤリとしているのがその「何か」だけで、それ以外のモノは普通にハッキリと見えている、ということだった。

僕はもう一度目をこすったが、やはり「何か」だけが、そこだけボカシがかかったように不鮮明で、その周囲には、見慣れた僕の部屋の風景がちゃんと見えていた。汗で黄ばんだ布団、日にちの設定が2日ズレてる目覚まし時計、大学生時代に先輩からもらったテーブル、その上には食べ終わってそのままになっているカップ麺の容器、フローリングの床に読み散らかしてある雑誌、安っぽいパステルカラーのカーテン、その隙間から覗く窓…。

と、窓に目をやると、外は雨が降っていた。強い雨ではないが、どこまでも続く曇天と、その強すぎない雨量が逆に、しばらく止む気配が無いことを伝えていた。

窓ガラスをつたう雨粒を見つめながら、僕は、今日のバイトを休む言い訳を考えていた。そう、いつも僕はこんな感じである。雨が降ったり、風が強かったり、その程度のことですぐバイトをサボる。まるでカメハメハ王国の住人である。

ちなみにだが、僕は名前が「宮沢賢治」という。あの作家の宮沢賢治と同姓同名だ。母が宮沢賢治が好きで付けたらしいのだが、まさかこんな、雨ニモ風ニモ負ケル、サウイフ息子になってしまうとは思っていなかっただろう。何とも皮肉な話である。しかもバイト先は、注文の少ない料理店だ。これは別に関係ないか。

そんな僕、宮沢賢治は今、大学卒業後、24になっても、定職に付かずプラプラとフリーター生活をしている。昨日もそのことで彼女と喧嘩になった。僕には大学時代から付き合っている彼女がいる。スポーツサークルとは名ばかりの飲みサークルで知り合った1コ下の後輩である。それから卒業後の今までズルズルと付き合っているが、さすがに最近彼女も将来に不安を感じ始めたらしく、ことあるごとに僕の今の状態に文句を言うようになってきた。

僕は昨日の彼女との喧嘩を思い返した。僕は部屋でゴロゴロしながら雑誌を読んでいた。すると彼女がテレビを見ながら僕に視線を向けず「そんなん読んでないで求人雑誌でも読んだら」と言ってきた。僕は、また来た、と思いながら、その会話が流れることを願って、あえてそっけない感じで「いや、オレ今のバイトあるし」と答えた。彼女は溜め息を一ついて僕の方を向き、「そういうんじゃなくて、もっとちゃんとしたさぁ…」と、ハッキリと焦れた感情を出した声で言った。僕は面倒臭くて返事をしなかった。その後の彼女の「ねぇ、聞いてる?」の問いも無視した。それが彼女の癇に触ったようで、彼女は床の上の雑誌を次々と僕に投げつけて来た。時々角が当たって思いのほか痛かったのだが、僕は無視を続けた。こういうのは通り雨みたいなモンだ。じっと待っていればじきに止む。そう思いながら。

そして僕の予想通り、彼女の雑誌攻撃は止んだ。しかし、その後予想外の事態が発生した。彼女から聞こえる鼻をすする音。彼女が泣き始めたのだ。「ふ、二人のことなんだよぉ?な、なのに何で、わ、私ばっかりこんなに悩んで…」嗚咽交じりにそう言う彼女。僕は本格的に面倒臭くなってきて、「ゴメンゴメン」と適当に謝りながら彼女にキスをしてゴマカそうとした。彼女は「イヤァ」とそれを拒否しようとした。僕は無理矢理彼女に口付けた。彼女は不服そうな顔をしながらも大人しくなった。さっきまで読んでいた雑誌のグラビアで若干ムラムラしていた僕は、そのキスで勢い付いてしまい、「彼女をなぐさめるためだ」と何故か自分に言い訳をしながら、彼女をベッドの方に引き連れた。僕に覆いかぶさられる彼女。すると、彼女は、事を始めようとズボンの金具を外そうとしている僕にこう言った。

「…出来ちゃったみたいなの」と。

その瞬間、僕の頭の中は真っ白になっていき、それにつれて、彼女の姿もボンヤリ

















ハッ、と我に帰り、僕はベッドに横たわる「何か」に目をやった。すると、それまでボンヤリとしていた「何か」の解像度が徐々に上がり始めた。そのボカシの下からゆっくり見えてきたのは、見覚えのある女性の姿だった。

僕は、とっさに目を閉じた。

僕の目蓋の裏では、僕に首を締められてもがく「何か」の姿が浮かんだ。

その「何か」の口元は歪み、まるで笑っているようだった。

そして、そこからは、空気が漏れ出しているような音が聞こえた。

カプカプ、カプカプと。



そして、僕は分かった。「何か」の正体が。

コイツは、クラムボンだ。

あの僕と同姓同名の作家が書いた、確か『やまなし』とかいう話に出てきた、あの正体不明の物体だ。そうだ。そうに違いない。

だってコイツ、カプカプ笑ってるじゃないか。



そして、僕は目を開けた。

さっきまで見えかけていたクラムボンの姿は、再びボンヤリとした状態に戻っていた。

僕は、ボンヤリとしたクラムボンをボンヤリ眺めながら、『やまなし』の一節を口にした。


クラムボンは、カプカプ笑ったよ。

クラムボンは、動かなくなったよ。

クラムボンは…。


雨は、まだ降り続いていた。







一発目から気持ち悪い話でスミマセン。もうちょっと読んでて楽しい話が書けるように努力します。

今回は「宮沢賢治」っていうワードにちょっと引っ張られすぎた感じがしますね。途中、「何か」をほったらかしにしてる間が長くなってしまいました。あと「アイロニー」って題が全然生きてないです。宮沢賢治がクラムボンを殺したっていうのが、皮肉って思えないこともないかも…ダメですかね。ダメですね。精進します。


では、次回の縛りはコチラ。

題名が『マスターピース』(又吉)

「その猫は、にやにや笑いながら私にこう言った。」という書き出しで始める(神長)

「母の面影」を文中に入れる(昆)

題名が「傑作」っていうのは物凄いプレッシャーですね。次回はしゃべる猫が登場ですか。しゃべる猫と言えば『魔女の宅急便』でキキがしゃべらなくなった時のあの寂しさはなんなんでしょうか。「母の面影」は何となく感動系にもって行けという無言のメッセージな気がします。


この企画は半月に1回くらいのペースで更新できればと思っております。それでは次回。
posted by 渡辺 at 03:52| 縛文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第0縛 『縛り初め(しばりぞめ)』

というわけで始まりました、この『緊縛ショートショート』。

この企画は、PFメンバーから出された「縛り」に従って、ワタクシ渡辺キョウスケが、短編小説なんぞを書いてしまおうというものです。

ちなみに僕、戯曲は書いたことがあるんですが、小説形式で物語を書いたことがありません。まあでも、つまんなかったら縛りのせいにしてしまおうという、この企画の根幹を揺るがすような保険をかけつつ、おぼつかない手つきながら始めたいと思います。


では、PFメンバーから出された一発目の縛りはコチラ。

題名が『アイロニー』(又吉)

「朝、目を覚ますと隣に何かがいた。」という書き出しで始める(神長)

「宮沢賢治」を文中に入れる(昆)

「アイロニー」は又吉クン本人のボキャブラリーから出たものじゃなくて、辞書か何かから引っぱって来たものな感じがします。神長サンの書き出し文はオーソドックスな感じで書きやすそう。「宮沢賢治」は昆と同郷(岩手)だからでしょうか。宮沢賢治と聞いてパッと思いついた作品が『走れメロス』でした。太宰治だっつーの。


それでは、この縛りで第1作品目を書いてみたいと思います。
posted by 渡辺 at 01:21| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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